職人の「腕」と経営の「翼」:父の背中から学んだ、伴走支援の原点
- NITO
- 24 時間前
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こんにちは。心行政書士事務所、代表の二藤太地です。
事業や家業を守ってこられた経営者の皆さまの想いに、少しでも寄り添えればという気持ちで書いています。
私の実家は、かつてラジエーターの修理業を営んでいました。従業員が20名ほどいた時期もあり、地域に雇用を生む立派な中小企業でした。二代目として外から入った父は、根っからの職人気質。技術を磨くこと、現場で工夫を重ねることに関しては、子どもの目から見ても本当に素晴らしいものがありました。
しかし、経営という側面で見ると、父はいつも苦労していたように思います。

※画像はイメージです
「家が大事だから」という言葉の裏側
父は、外に出て販路を広げたり、新しい技術革新のために人脈を築いたりすることが、あまり得意ではありませんでした。
「自分は家にいるのが一番幸せなんだ。家族が大事だから、外には出ないんだよ」
それが父の口癖でした。もちろん、それは本音だったでしょう。けれど、大人になり、自分自身が経営支援のプロとして動くようになった今、ふと思うことがあります。それは父にとって、未知の世界へ踏み出す不安から自分を守るための、精一杯の「免罪符」でもあったのではないか、と。
外部の専門家と繋がり、客観的な視点を取り入れる勇気。もしあの時、父の傍らに、経営の舵取りを一緒に考えるパートナーがいたら、結末は違っていたのかもしれません。
「消えた看板」が教えてくれたこと
結局、実家のラジエーター修理屋の看板は下ろされることになりました。当時は「事業を売却する(M&A)」という発想も、父の中にはなかったのだと思います。長年培った熟練の技術も、守り抜いてきた顧客との信頼も、残念ながら形として残ることなく幕を閉じました。
私が経営支援の道を志したのは、コロナ禍直前の2019年のことです。同じ千葉市で活躍される中小企業診断士の先生との出会いがきっかけでした。
「行政書士として、補助金などの制度を通じて中小企業の力になれる」
その事実に触れたとき、真っ先に浮かんだのは、黙々とラジエーターに向き合っていた父の背中でした。
もし今、父のような「職人社長」が目の前に現れたら、私はどんな提案ができるだろうか。
そんな問いが、今の私の業務の核(コア)になっています。
身が引き締まる「写真」との対話
私が家業を継がなかったことに対し、色々なご意見があるかもしれません。ですが、その道を選ばなかったからこそ、今は「認定経営革新等支援機関」として、より多くの、そしてかつての父のようにコンパクトながらも熱意を持ってビジネスをされている方々の力になれるのだと自負しています。
仏壇の前で祖父や父の写真を見ると、自然と背筋が伸びます。
「二藤さんなら、安心して弱みを見せられる」
そう言っていただける存在であり続けること、そして専門家としてこの社会の一人でも多くの方を幸せにすること。それが、看板を守りきれなかった実家への、私なりの恩返しだと思っています。
ラジエーター修理屋の看板は消えてしまいましたが、その志は、今も私の支援スタイルの中に生き続けています。
専門家のワンポイント
経営の「外部リソース」は、弱さではなく強さの証
実家の事例を振り返って感じるのは、必要に応じて専門家に頼ることも、責任ある経営の大切なスタイルだと思います。
かつては『自分の会社は自分で守るもの』という自前主義のもと、懸命に踏ん張ってこられた経営者の方が多くいらっしゃいました。その姿勢は今も尊敬すべきものですが、変化の激しい現代では、そこに外部の知恵を加える柔軟さも求められていると感じます。
資金調達や補助金の活用
M&Aなどの事業承継策(各専門家が連携)
客観的な視点による販路拡大
これらを外部の専門家(行政書士や税理士、中小企業診断士など)と共に進めることは、決して「経営の放棄」ではありません。むしろ、従業員や家族を守るための、非常に理知的な「攻め」の姿勢です。
「相談できる相手がいない」と感じたときは、ぜひ思い出してください。私たちのような専門家は、あなたの技術や想いを次の時代へ繋ぐための「翼」になりたいと願っています。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
経営の悩みは、一人で抱えると重いものですが、誰かに話すと「手続き」という具体的な一歩が見えてくることがあります。
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